ワークショップ ジョイント 就労継続支援B型/就労移行支援

大阪市東淀川区のほぼ中心にある障がい者のための多機能事業所(就労継続支援B型、就労移行支援)
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所在地


多機能型就労支援事業所 ワークショップ ジョイント
(就労継続支援B型、就労移行支援、就労定着支援)


[住所]
〒533-0022
大阪府大阪市東淀川区菅原4丁目4-43 ロイヤルハイム豊里1F


[電話番号] 06-6195-5650
[FAX番号] 06-6195-5680

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東淀川区菅原の歴史について


地名の由来

 延喜(えんぎ)元年(901年)、菅原道真公は「醍醐天皇を廃立して娘婿の斉世親王を皇位に就けようと謀った」として九州太宰府へ流されることになりました。

 その太宰府へ流される途中、現在の西淡路あたりでこの地の住民の出迎えを受けて上陸しました。当時、このあたりは海で、多くの島があり、道真公はここが淡路島だと間違えたそうです。それが東淀川区の淡路の地名の由来だと言われています。

 道真公は逆川(さかがわ:淀川の支流)の土堤から東を眺めて京の名残を惜しんだと伝えられています。そして、この地が道真公に縁があるということで「菅原」という名が残ったと言われています。

 なお、「菅原天満宮」は寛永(かんえい)年間(1624~44年) にこの地が開発されたときに、道真公を祭神として※勧請(かんじょう)されました。

※勧請(かんじょう)とは神仏の分身・分霊を他の地に移して祭ることをいいます。


沿革

  1. 1624年~1644年(寛永年間)に逆川の古址を開墾して西成郡新家村が成立。
  2. 1888年(明治21年)菅原村に改称。
  3. 1889年(明治22年)町村制施行により、三番村、天王寺庄村、橋寺村と合併して豊里村となる。
  4. 1925年(大正14年)大阪市に編入され、大阪市東淀川区豊里菅原町となる。
  5. 1980年(昭和55年) 町名変更及び住居表示実施により、下新庄町(一部)、菅西町(豊里菅原町より分町)と統合して菅原となる

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